あの奇跡的「いい人」、猫弁が帰ってきた!大山淳子さんの「猫弁と星の王子」を読む。
「猫弁」シリーズが帰ってきた!
思いがけなかったので、ホントに嬉しい。
ユーモアたっぷりの文体は健在で、
あちこちでクスリ、クスリとしてしまう。
猫弁こと、百瀬太郎の人に対するあたたかさ、そして、
時々、切なさ、その太郎を見守る、七重や野呂、獣医のまことらの
あたたかい眼差しも、前シリーズ通り。
天才でありながら、常識的な面はポンコツの太郎。
その奇跡的な善人ぶりに、それだけで、涙がにじんでくる。
いい人の太郎が、依頼人を思うあまり、
傷を負わないでいてくれと、願ってしまう。
さて、今作も、入学金詐欺や「死なない猫」騒動、
赤ちゃんの置き去りなど、猫弁の周りでは
ドタバタとさまざまな事件が起き、そして、
太郎の奮闘で、収まる所に収まっていくのも、変わらず。
この安定感で、やっぱり、安心して読める。
刑事と漫才師の二足のわらじを履く男(!)、トンデモな設定のアホらしさ。面白さがジワジワくる。田中啓文さんの「漫才刑事」を読む。
刑事と漫才師の二足のわらじを履く、くるくるのケンこと、高山一郎。
二足のわらじは、副業禁止の警察はもちろんのこと、お笑いの相方にも内緒で、
事件現場と舞台を行ったり来たりし、危ない橋を渡っている。
トンデモ設定で、こりゃもう、バカミスに近い、いや、そのもの。
アホらしさも、必ず漫才師が絡んだ事件が起こるのも、
ドタバタした感じも、さらに、高山の秘密を掴んで、
「脅して」くる、交通課の城崎ゆう子も、何だかなぁ~と思って
読み始めたけど、じわじわと来るクセの強さで、
気が付けば読了していた。
そりゃないだろぅ、とツッコミながら、読めるのも楽しい。
ただ、漫才って、字面だけじゃ、ピンとこないんだなぁ、
やはり、演じられたものを見なきゃ、
面白さは伝わらないんだということがわかった。
生真面目な神崎と型破りな黒木、池袋署のお騒がせコンビが帰ってきた!横関大さんの「帰ってきたK2 池袋署刑事課 神崎・黒木」を読む。
池袋署のお騒がせコンビ、神崎と黒木が活躍する刑事モノの連作短編で、
「K2 池袋署刑事課 神崎・黒木」の続編。
ちょうど、ドラマ化されたものが始まったばかりだが、
原作とは設定が大分違っている。
ま、ドラマはドラマ、別物として楽しめる。
続編は、殺人事件もあるけれど、ストーカー事件、
アニメ原画の盗難事件、ビルの階段からの転落事件など、
池袋で起きるさまざまな事件に、お騒がせコンビが挑んでいく。
どの事件も、「挑む」というほど紆余曲折があるわけではなく、
どちらかというと、あっさり解決していくのだが。
前作は、黒木の過去が絡んできて、
なかなか読み応えがあった。
その点、今回は、少々物足りなさを感じた。
それでも、二人の関係性ややり取り、同僚刑事のエピソードなど、
これはこれで、楽しめた。
三歳で亡くなった息子、良一を名乗る男がお草さんの前に現れた…、ざわざわする。吉永南央さんの「初夏の訪問者 紅雲町珈琲屋こよみ」を読む。
「紅雲町珈琲屋こよみ」シリーズの、はや、八作目。
和食器とコーヒー豆を販売する粋な店、小蔵屋を経営するお草さん。
緩やかで、優しい物語ではあるが、決してそればかりでなく、
少しばかりの苦味や、哀しみが流れている。
年を重ねる大人たちが、誰しも感じる寂寥感や焦りのようなものを
真正面から突き付けるのではなく、じんわりと思い起こさせる物語。
それは、お草さんの年齢のせいか、それとも、
若いころ、幼い息子を取り上げられたまま婚家を追い出され、
その後すぐ、その息子を水の事故で亡くすという
彼女の過去せいなのか。
今まで出来たことが出来なくなったり、
残された時間が短いことに、ふと気づく。
老いというものを認めながら、それでも、向こうへ追いやりながら、
今日という日を誠実に生きる。
その生き方の裏には、息子を残してきたという
数十年たっても消えない悔いがあるからか。
お草さんがする、遠慮がちなお節介には、
その悔いが根底にある。
「誰かが一言、声をかけていれば、見守っていさえすれば」
最悪な事態になる前に止められるかもしれないと。
そして、遠慮がちに差し出す手に、どれだけの人々が救われていることか。
時には、切なく悲しい結末もあるけれど、
「そのまんまを受け入れていくしかない」と言われているような気がする。
さて、今作は、お草さんの悲しい過去にまつわる物語。
「自分は、あなたの息子の良一だ」という男が現れる。
そんなはずはない、と思いながらも、揺れ動くお草さん。
過去と向き合うことに。
楽しくて、あたたかな花咲小路商店街。今回の物語の主人公は、弱冠十九歳で駐車場の経営主のすばるちゃん。小路幸也さんの「花咲小路三丁目北角のすばるちゃん」を読む。
「花咲小路商店街」シリーズの五作目。
この作家さんの人気シリーズ、「東京バンドワゴン」と同様、
登場人物が全員、良い人。
一っかけらの悪意もなく、だからこそ、
安心して読んでいられる。
この「安心して読める」という特徴は、実に、大事。
今作の主人公、すばるちゃんも、
誠実で、まっすぐ、一点の曇りなしという、
まあ、普通だったら、「またまたぁ~」と、
眉に唾でもつけたくなるような性格。
だが、この作家さんの描く物語には、
こういう人物がゴロゴロ登場する。
読者であるワタシは、裏切りも、騙し討ちもない、
この緩やかで、温かで、夢のような世界で、
本当に、安心して、家にも、車にも、そして心にも、
カギをかけずに、出かけてしまえる。
殺戮、陰謀、、、そんなストーリーに疲れると、
戻ってきたくなる、そんな世界だ。
すばるちゃんと、そして、周囲の人々との物語は
これからも続くのだろうし、また、
淳ちゃん刑事や、花乃子さん、ミケさんなどが、
あちこちに顔を出すように、
すばるちゃんのこれからも、花咲小路商店街の別の物語で、
語られることもあるのだろう。
「向かない」と言いながら、今や、刑事そのもの。椎名真帆シリーズの三作目。山邑圭さんの「刑事に向かない女 黙認捜査」を読む。
本当は、事務職に就きたかったのだが、
間違って刑事になってしまったオンナ、
椎名真帆巡査シリーズの三作目。
始めは、「いつだって辞めてやる」とグチっていた真帆だが、
今作では、そのグチが聞かれなかったなぁと、
読み終わって気づいた。
いつの間にか、ホンモノの刑事になったんだな、と。
スリリングな展開もあり、コンビを組む吾妻との、
つかず離れずの関係性も面白い。
解体中のビルで男性の首つり死体が発見された。
その男性は元警察官で、強制わいせつで服役し、
出所したばかりだった。
自殺で片付きそうだったが、
真帆は、現場にいくつかの違和感を持つ。
他殺を疑う真帆は、新藤班長のサポートを受け、
調べ始める。
ちょうどその頃、捜査一課の芦川は、
ある人物の内偵を副総監から命じられていた。
真帆の捜査と芦川の内偵という二つの点が、
一本の線で結ばれていく…。
自分の嗅覚を信じ、ひたすら事件を追う真帆の姿は、刑事そのものだ。
頑固なやり方は、敵を多く作りそうなのだが、
周りのオジサンたちは、温かい。
だからこそ、突っ走る真帆を、安心してみていられる。
このシリーズも、ますます安定感を増し、
続編が楽しみになる。
立ち止まっていた心が動き出す…、きっかけは、祖母から頼まれた、歌舞伎を観劇するというバイトだった。近藤史恵さんの「歌舞伎座の怪紳士」を読む。
心に傷を負い、立ち直ることもままならない主人公が、
あることをきっかけに、顔を上げ、前へ向いて歩くことができるようになる。
いわゆる、再生の物語。
再生の物語は心地よい。
この作家さんの、主人公に向ける
温かな視線も、心地よい。
ある程度の年月を生きてきた大人たちは、
何かしらの屈託や、傷を抱えている。
知らない間に、その傷が大きくなり、
足が一歩も前に出なくなる時が来るのかもしれない。
そんな場合の、再生の物語は、
自分さえその気になれば、
人は再生できることを、気づかせてくれるから。
久澄は、勤めていた会社で強烈なパワハラを受け、その結果パニック障害を患う。
引きこもり状態を続けては’いたが、先のことを考え、
悶々とした日々を送っていた。
そんな時、歌舞伎の代理観劇のアルバイトを祖母から頼まれる。
恐る恐る出かけて行った久澄は、歌舞伎の楽しさを知ることになる。
その後も、祖母からの、歌舞伎やオペラの鑑賞アルバイトは続く。
行く先々で、トラブルや事件に遭遇するのだが、必ずと言っていいほど、
姿を現す謎の紳士に助けられたり、助言を受けたりしながら、
決着を付けていく。
作品中に歌舞伎の演目やオペラに関する、もう一つの物語も、
面白い。
先日読んだ、本をめぐる物語もそうだが、
別の作品の紹介や解説が、作品本体を邪魔せず、
スッと差し込まれているものは、得した気分になる。
怪紳士にも、物語があり、それに連なる、
結末の余韻は、心にしみる…。