川瀬七緒さんの「フォークロアの鍵」を読む。
羽野千夏は民俗学を専攻する大学院生。
昔話や口頭伝承研究のフィールドワークとして、グループホーム「風の里」に通い始めた。
そこは、認知症を患い、問題を起こす老人ばかりが集まる施設だった。
千夏はそこで、コミュニケーションのとれない一人の女性がきれぎれにつぶやく
言葉の「おろんくち」に、心をざわつかせる。
間に挟み込まれる高校生の大地の物語。
母親の重すぎる期待が鎖のように身を縛り、学校にも通っていない。
大地の心の叫びが実に重く、息苦しいが、
いつか千夏と出会うのだろうと、ようやく読み進められる。
千夏はネット上で、「おろんくち」の意味を尋ねまわるが、
それに答えたのが大地だった。
認知症に苦しむ老人たちにも、それぞれ、輝いていた人生がある。
一人一人から、その「消えない記憶」を必死で聞き取ろうとする千夏に、
老人たちはいつしか心を開き、「おろんくち」の意味をさぐる千夏の手伝いを
するようになる。
老人たちは単なる弱者ではなく、それぞれが強烈な個性を輝かせている
人間だ。
重苦しい問題をはらんでても、認知症を患っていても、
老人たちが生き生きと描かれ、千夏や大地との交流の温かさが
心にしみる。