立ち止まっていた心が動き出す…、きっかけは、祖母から頼まれた、歌舞伎を観劇するというバイトだった。近藤史恵さんの「歌舞伎座の怪紳士」を読む。
心に傷を負い、立ち直ることもままならない主人公が、
あることをきっかけに、顔を上げ、前へ向いて歩くことができるようになる。
いわゆる、再生の物語。
再生の物語は心地よい。
この作家さんの、主人公に向ける
温かな視線も、心地よい。
ある程度の年月を生きてきた大人たちは、
何かしらの屈託や、傷を抱えている。
知らない間に、その傷が大きくなり、
足が一歩も前に出なくなる時が来るのかもしれない。
そんな場合の、再生の物語は、
自分さえその気になれば、
人は再生できることを、気づかせてくれるから。
久澄は、勤めていた会社で強烈なパワハラを受け、その結果パニック障害を患う。
引きこもり状態を続けては’いたが、先のことを考え、
悶々とした日々を送っていた。
そんな時、歌舞伎の代理観劇のアルバイトを祖母から頼まれる。
恐る恐る出かけて行った久澄は、歌舞伎の楽しさを知ることになる。
その後も、祖母からの、歌舞伎やオペラの鑑賞アルバイトは続く。
行く先々で、トラブルや事件に遭遇するのだが、必ずと言っていいほど、
姿を現す謎の紳士に助けられたり、助言を受けたりしながら、
決着を付けていく。
作品中に歌舞伎の演目やオペラに関する、もう一つの物語も、
面白い。
先日読んだ、本をめぐる物語もそうだが、
別の作品の紹介や解説が、作品本体を邪魔せず、
スッと差し込まれているものは、得した気分になる。
怪紳士にも、物語があり、それに連なる、
結末の余韻は、心にしみる…。