唯一ノ趣味ガ読書デス

ハードボイルドや刑事モノばっかりですが、読んだ本をご紹介。

吉永南央さんの「キッズタクシー」を読む。

正当防衛で人を殺してしまった女に、その街はやさしかった…。

 

木島千春は、AYタクシーに勤務するタクシードライバー。


AYタクシーは、一般業務の他に、子どもの塾や習い事の送り迎えができない

親に代わって送迎する、キッズタクシーを提供している。


千春は、その会員制キッズタクシーの業務がメインだ。

 

彼女は大学時代に恋人の子どもを妊娠し、シングルマザーとなった。


息子を育てながら苦しい生活を続けるある晩、

街で男に襲われ、なけなしの金を奪われそうになる。


抵抗の末、千春は男を殺してしまうのだ。


正当防衛が認められ、罰を受けることはなかった。


それから十五年、彼女はその街で、タクシードライバーとして

暮らしている。


彼女が街を出なかったわけ。

それは、周囲の人々の温かいまなざしがあったからだ。


AYタクシーの社長、同僚、そして、

千春に寄り添い、支える紀伊間一志。

 

人を殺しても、正当防衛という名のもとに、

償う機会を与えられずに生きていくこと。


複雑な思いと葛藤を抱えながら、それでも、

生きていかねばならないこと。


ヘビーな過去を持つ女性のストーリーではあるけど、

重く、暗くならないのは、温かな人の想いがあるから。

 


ある日、千春のタクシーを予約していた

小学生、花垣壮太が行方不明になる。


街の人々が必死に探し回るが、

行方は知れない。


だが、しばらくして、オーストラリアにいる実の父親のもとへ

行ったということになっていた。


壮太の両親は離婚し、母親はすでに他の男性と

結婚していた。


以前から、壮太と母親の間には、不穏な空気が流れている。


さらに、千春の過去にまつわる中傷がネット上に流れ、

近所の店のシャッターにも、同じような中傷の

落書きがされる。


誰が、何の目的で、そのようなことをしているのか。


千春の息子、修が交際中の彼女を妊娠させたり、

千春が殺害した男の息子が登場したり、

さまざまな出来事が押し寄せるが、

ストーリーは収まるところに収まりながら、静かに流れていく。


読むものを疲れさせない、そして温かな心にさせる物語である。

 

 

キッズタクシー (文春文庫)

キッズタクシー (文春文庫)

 

 

深町秋生さんの「ドッグ・メーカー 警視庁人事一課観察係 黒滝誠治」を読む。

腐った警察組織にケンカを売る男、黒滝。美しき上司とともに、悪をもって悪を封じる。

 

悪とは、正義とは、なんて、考える余裕を与えないほど、

ワルがグイグイ迫ってくる。

凄い迫力である。


「警察の警察」と呼ばれる監察の物語。


そうすると、警察内部の不正や、ワナ…と、

重た~くなりそうな予感だったが、

正義なんてそっちのけで、ワルばかりが闊歩し、

その迫力が気持ちいいほどだ。


警察官だろうと、欲にまみれる。

保身に走る。

そんな腐ったヤツらを相手に、

実に生き生きと、主人公は動き回る。

凄腕刑事として公安、組対と渡り歩いた黒滝。


凄腕なのだが、そのやり口は、

「まともな」警察官が見れば真っ青になるほど

ダーティーなもの。


エス(情報屋)を作るため、弱みを穿り出し、

身動きできないようにする。

弱みという首輪をはめられた犬を生み出すということで、

ついたあだ名が「ドッグ・メーカー」。


人を支配することに喜びを感じる黒滝に、

かつての仲間は「コントロール・フリーク」、そして、

病気だと言い切る。


ある事件で部下をボコボコにして

交番勤務へと追いやられた。


そんな黒滝を、人事の相馬美貴が監察係に引っこ抜く。


清廉潔白であるべき監察係において、

真逆の人事だった…。

 

監察係では、ある告発を受けて、

赤坂署の悪徳刑事を内偵していた同僚が

何者かに殺害される。


黒滝は、相馬の命を受け、捜査を開始する。

 
警務部長の白幡、相馬、黒滝の三人は、

腐った警察を相手にした戦いを挑むのだが…。

 

 

 

 

 

樋口有介さんの「猿の悲しみ」を読む。

汚れていようが仕事は仕事。どんなに深い闇を目の当たりにしようと、愛する息子のため。風町サエは、腹式呼吸をして、やり過ごす。

 

風町サエシリーズの1作目。

続編の「遠い国からきた少年」から先に読んでしまったのだが、

どちらも読みごたえは十分。


殺人を犯し、刑務所に服役。

その時の弁護士だった羽田のもとで、

「調査員のようなもの」として勤める風町サエ。


この物語には、正義面する人間は出てこない。


誰もが個人的事情を抱え、トラブルやモメごとの

真っ只中を突き進んでいく。


メインキャラ、サエの関心事は、ただただ、溺愛する息子、聖也との

静かな生活。

「人殺し」で服役した母を持つ聖也の将来のため、

1億円を貯めると心に決めている。


そのためには、汚れ仕事だってなんだってやる。

いや、自ら望んで手を染める。


羽田が依頼された裏仕事はサエ担当、

必然的に、世の中の闇の部分、人間の汚れを

真っ向から浴びることになる。


だが、ひるまないし、そういうワルたちに脅しを

かけもする。


刑務所時代に愛読書となった「裸の猿」にある通り、

ヒトも所詮ただのサルと割り切り、

腹式呼吸をしてやり過ごす。


タフで、弱音を吐かないサエに、

拍手喝采してしまう。

 

出版コーディネーター、東宮路子が殺された事件で、

第一発見者となったカメラマンの水沼一良が

どこまで事件に関与しているのかを探るよう、

羽田に依頼される。


調査を進めると、今度は水沼が不審死を遂げる。


警察は、痴情のもつれで水沼が東宮を殺害、

水沼は心臓発作による病死として事件を終わらせた。


サエも事件から手を引こうとしたが、

水沼の母親から、息子は本当に殺人犯なのか、

その「心証」を知らせてほしいと頼まれ、

調査を続行する。


だが、事件の裏には、警察上層部をも黙らせる

巨大な団体の影が浮かび上がり…。

 

柚木草平がちょろっと顔を出し、山川刑事がサエと絡み、

樋口ファンとしては嬉しいオマケだった。


ただ一つ、結末で、サエを驚愕させた疑惑が

何だったのかわからないのが悔しい。

 

 

猿の悲しみ (中公文庫)

猿の悲しみ (中公文庫)

 

 

藤崎翔さんの「神様の裏の顔」を読む。

スッキリ決着、ほっこり結末をお望みの方にはお勧めしませんが、どんでん返し、大いなる騙しにニヤッとできる方にはおススメです!

 

いい人→裏の顔という図式はよくある話だが、

ひねりがあって、予測はつかなかった。


実はこの作品、一度放り投げている。


登場人物の回想と疑惑が繰り返され、

どうにも読みにくくなり、途中退場した。


だが、時間をおいて、なんとなく再度手に取り、

読むうち、途中退場するのが惜しくなった。

気づいたら読了してしまっていた。


聖人君子、誰に対しても優しく、頼りになる「神様」のような元教育者、

坪井誠造が逝去し、葬儀が執り行われる。


近隣の住民、元教え子、坪井が所有していた

マンションの店子などが葬儀に参列し、

悲しみにくれる。


一人一人が故人を偲び、交流を思い出す中で、

だんだんと、坪井の行動や生活に疑惑を感じ始めるのだ。


そして、参列者たちは、お互いに疑惑を吐き出し、

ある驚くべき推理を組み立てていく。


そして結末には、思わぬどんでん返しが用意されている。


どちらかというと、「イヤミス」よりで、どうも、座りの悪い感じがする。

もちろん、どんでん返しの醍醐味は味わえたのだが、

始末のつけ方が「ふ~ん」という思い。


ま、それもこれも、作者の術中にはまったからなのかもしれない。


スッキリした決着、ほっこりした結末をお望みの方向きでは

ないとは思うが。

 

 

神様の裏の顔 (角川文庫)

神様の裏の顔 (角川文庫)

 

 

呉勝浩さんの「蜃気楼の犬」を読む。

「事実をかき集めろ。その上で、すべてを疑え。あらゆる可能性を検討しろ。口に出せ。恥をかけ。事件の解決にお前の苦労も不名誉も関係ない。それが刑事だ。」

 

やる気も正義感も、少々くたびれてきた、

県警捜査一課のオッサン刑事、番場。


だが、事件現場に立つと途端に、その洞察、観察力を発揮する。

だからか、仲間は彼を「現場の番場」と呼び、一目置く。

当の番場は、50を過ぎ二回りも年下の女性を嫁にして、

一途に愛情を注いでいる。

 

女性のバラバラ遺体発見から始まる「月に吠える兎」。

被害者の指二本がなくなっている代わりに、

本人のものではない指が残されていた。

そして、「真夜中の放物線」では、

男性の飛び降り死体が発見されたが、

周辺の高い建物といえば、少し離れた位置にあるマンションだけ。

そこから落ちたにしては、不自然な距離に遺体はあった…。


興味を引く謎が提示される5編の連作モノで、いずれも

たっぷり満足させてくれる。

 

謎だけではなく、表題作の「蜃気楼の犬」では、

刑事という生きざま、刑事である前に

人間であることの苦悩が描かれ、作品は暗い表情を見せる。


番場は新米刑事、船越の教育係として相棒をつとめるのだが、

新人ならではのまっすぐな正義感と、

事件における正義の取り扱いで生じる微妙なズレは、

二人の間にも行き違いを生んでしまう。

 

番場の妻が妊娠するのだが、日がたつにつれ、

精神のバランスを崩し、番場の前から姿を消してしまう。


船越との関係もそうだが、妻との結婚生活に関しても、

あいまいさや謎が残り、続編があるのかしらと思ってしまうのだが…。

 

 

蜃気楼の犬 (講談社文庫)

蜃気楼の犬 (講談社文庫)

 

 

樋口有介さんの「遠い国からきた少年」を読む。

法律事務所で働くシングルマザー。彼女の仕事は「調査員のようなもの」。裏の汚れ仕事を一手に引き受け、ムエタイを武器に突き進む。

 

「猿の悲しみ」の続編。


ここに登場する人物たちは、いずれもしたたかで、

クセが強く、あまり可愛げはない。


だが、ワルとしての魅力はプンプンと匂ってくる。


正義なんてクソくらえ。欲のオンパレードなんだが、

それが実にさっぱりしていて、いっそ清々しい。


ワルにはワルの事情があり、

正義には少々、引っ込んでもらおうか。


メインキャラの風町サエは、羽田法律事務所の

「調査員のようなもの」。


十六歳で人を殺し、少年院から女子刑務所で服役した後、

所長の羽田に弁護を担当してもらった縁で、

この事務所に雇われた。


彼女の担当は、借金の回収、脅しなど、

裏の汚れ仕事。


子どもの頃に身に付けたムエタイを駆使して、

大立ち回りも辞さない。


服役中に出産した息子は高校生となり、

シングルマザーとして奮闘中。


と、なかなかハードな人生を送っている。


事務所には、新米弁護士の島袋(この男は幾分まとも?)、

そして、八十を過ぎたと見える老女、雪原玲香が

事務員として勤めている。


彼女は、羽田の父親の愛人だったらしい、

というのだから、キャラの濃いメンバーがそろっている。


さて、今回は、芸能界で顔役でもあり、アイドル育成のピザ店で

成功をおさめた男が依頼人。


ピザ店でアルバイトをしていた少女が自殺し、

その両親から1億2千万の賠償金を要求されているという。


その額を何とかして下げてもらいたいというのが

依頼内容。


自殺した少女の家族を探るうち、事態はとんでもない方向に…。

 

 

遠い国からきた少年 (中公文庫)

遠い国からきた少年 (中公文庫)

 

 

東直己さんの「消えた少年」を読む。

ススキノの<探偵>シリーズの魅力は、もう語るところがないほど

語りつくされている。

 

<探偵>と言ってはいるが、私立探偵でもなんでもない。

うさんくさいモメごとやトラブルを、依頼があれば片付ける

便利屋のようなものだ(その中には麻の葉っぱを売る商売なんてものも入っている)。

 

自堕落ではあるが、いざ事件に顔を突っ込むと、

俄然、頭の回転が速くなる。

 

そして、強さもハンパない。

盟友の高田とともに、チンピラだろうが、ヤクザだろうが相手にして、

大立ち回りを繰り広げる。

 

今回は、最後の最後の乱闘で、かなりボコボコにされてしまったのだが。

 

この作家さんの作品(探偵、畝原シリーズでもそうだが)では、

得体のしれない人間や、さまざまな欲が顔に張り付いているような輩がよく登場する。

 

その所業は何とも気持ち悪く、不気味だ。

 

だからこそ、スリリングな展開がより引き立つのだろう。

 

この男、自堕落ではあるが、それなりに生きることの矜持を持つ。

 

例えば、ボコボコにされながらも、

「ここで諦めたら、俺は、世界中の全ての人間に、顔向けができない男になる。

他人がどう思おうと関係ないが、俺は俺なりにきちんと生きてきた。

ここで諦めたら、俺はもう、死ぬまできちんと生きられない」と、

立ち上がっていく。

 

これがこの男の魅力のひとつになっている。

そして、もう一つの魅力が、猥雑で剣呑なススキノの裏社会だ。

 

東京ならば、新宿が思い浮かぶが、ススキノは独特の匂いがする。

 

ススキノの<探偵>には名前がない。

<俺>の一人称で物語は展開していく。

 

このシリーズを読むといつも、ビル・プロンジーニの

「名無しの探偵」シリーズを思い出す。

アレも大好きだなぁ。

もう一度、読んでみようか。

 

 

消えた少年 (ハヤカワ文庫JA)

消えた少年 (ハヤカワ文庫JA)