呉勝浩さんの「蜃気楼の犬」を読む。
「事実をかき集めろ。その上で、すべてを疑え。あらゆる可能性を検討しろ。口に出せ。恥をかけ。事件の解決にお前の苦労も不名誉も関係ない。それが刑事だ。」
やる気も正義感も、少々くたびれてきた、
県警捜査一課のオッサン刑事、番場。
だが、事件現場に立つと途端に、その洞察、観察力を発揮する。
だからか、仲間は彼を「現場の番場」と呼び、一目置く。
当の番場は、50を過ぎ二回りも年下の女性を嫁にして、
一途に愛情を注いでいる。
女性のバラバラ遺体発見から始まる「月に吠える兎」。
被害者の指二本がなくなっている代わりに、
本人のものではない指が残されていた。
そして、「真夜中の放物線」では、
男性の飛び降り死体が発見されたが、
周辺の高い建物といえば、少し離れた位置にあるマンションだけ。
そこから落ちたにしては、不自然な距離に遺体はあった…。
興味を引く謎が提示される5編の連作モノで、いずれも
たっぷり満足させてくれる。
謎だけではなく、表題作の「蜃気楼の犬」では、
刑事という生きざま、刑事である前に
人間であることの苦悩が描かれ、作品は暗い表情を見せる。
番場は新米刑事、船越の教育係として相棒をつとめるのだが、
新人ならではのまっすぐな正義感と、
事件における正義の取り扱いで生じる微妙なズレは、
二人の間にも行き違いを生んでしまう。
番場の妻が妊娠するのだが、日がたつにつれ、
精神のバランスを崩し、番場の前から姿を消してしまう。
船越との関係もそうだが、妻との結婚生活に関しても、
あいまいさや謎が残り、続編があるのかしらと思ってしまうのだが…。