唯一ノ趣味ガ読書デス

ハードボイルドや刑事モノばっかりですが、読んだ本をご紹介。

三歳で亡くなった息子、良一を名乗る男がお草さんの前に現れた…、ざわざわする。吉永南央さんの「初夏の訪問者 紅雲町珈琲屋こよみ」を読む。

 

初夏の訪問者 紅雲町珈琲屋こよみ

初夏の訪問者 紅雲町珈琲屋こよみ

  • 作者:吉永 南央
  • 発売日: 2020/08/28
  • メディア: 単行本
 

 

 

「紅雲町珈琲屋こよみ」シリーズの、はや、八作目。

 

和食器とコーヒー豆を販売する粋な店、小蔵屋を経営するお草さん。

緩やかで、優しい物語ではあるが、決してそればかりでなく、

少しばかりの苦味や、哀しみが流れている。

 

年を重ねる大人たちが、誰しも感じる寂寥感や焦りのようなものを

真正面から突き付けるのではなく、じんわりと思い起こさせる物語。

 

それは、お草さんの年齢のせいか、それとも、

若いころ、幼い息子を取り上げられたまま婚家を追い出され、

その後すぐ、その息子を水の事故で亡くすという

彼女の過去せいなのか。

 

今まで出来たことが出来なくなったり、

残された時間が短いことに、ふと気づく。

老いというものを認めながら、それでも、向こうへ追いやりながら、

今日という日を誠実に生きる。

その生き方の裏には、息子を残してきたという

数十年たっても消えない悔いがあるからか。

 

お草さんがする、遠慮がちなお節介には、

その悔いが根底にある。

「誰かが一言、声をかけていれば、見守っていさえすれば」

最悪な事態になる前に止められるかもしれないと。

そして、遠慮がちに差し出す手に、どれだけの人々が救われていることか。

 

時には、切なく悲しい結末もあるけれど、

「そのまんまを受け入れていくしかない」と言われているような気がする。

 

さて、今作は、お草さんの悲しい過去にまつわる物語。

「自分は、あなたの息子の良一だ」という男が現れる。

そんなはずはない、と思いながらも、揺れ動くお草さん。

過去と向き合うことに。